世の中には不思議な事が沢山ありますけど
もっと広い目で見ればそれは
不思議でもなんでもなく
予め用意されていた事なのですよね
その道を選ぶのは自分自身であり
その選択の数だけ
物語が用意されているのですから
不思議な事を不思議な事としているのは
誰でもない自分自身なのでしょうね
親が子に最初に与えるのは「名前」
美しい「名前」
命は授かるものであって
親が与えるものではない
天から授かった命に「名前」を与えて初めて
この世での「生」となり
天寿をまっとうすべく
命の炎を燃やしていくんだろう
親は尊い光を与えられ
そのまま子に明け渡す
始まりはなんと神聖なるものだろうか
人間は必要以上のものを持つと
欲が暴走します
足るを知る事です
私たちは皆繋がっているのだと知り
必要以上のものを手にしない事です
とは
シッダールタの言葉
果たして今の私たちはどうだろうか
個人法人問わず
足るを知っているだろうか
今や我々は
キリストやブッダと同じマインドで生きられる時代にある
苦行を為さずとも
彼らの悟りの意味を理解出来る時代にある
さぁ
私たちはどうだ
自分はどうだ
世界はどうだ