今年の梅見は

毎年この季節には
北野天満宮へ梅見に出向くのですが
今年はちょっと都合がつきにくそうなので
北野天満神社の梅園へ足を運びました

最近は暖かい日も多かったので
訪れるのが遅かったかもしれません

お花が咲いてるかと思いきや
よく見るとお花はほとんど萎んでいて
実が付いていました

かろうじて梅見

紫陽花が夏の準備をしていたり

何かの蕾も準備中

枝垂れ桜もあったんだねぇ
今年は何かしらの節目感があります
毎年訪れていた場所への
「今回が最後」
という感覚
一箇所だけでなく
いくつもの場所でかんじます
始まりの春に
何を予感しているのか
これからが楽しみです
自分のアンテナ

私達の感覚というのは
今ある環境に大きく影響されるのだなとかんじます
意識の持ち方によっては
その影響も最小限に留められますが
その副反応なのか
不和をかんじて苦しくなりそうです

自然がある場所に身を置くと
無意識のうちに
自分自身も自然の一部なのだなとかんじ
頭の中を占めていた不平不満のあれこれが
消えたような感じを覚えます
楽になったような
軽くなったような
地に足がついたような
どっしりと大地と繋がったような感じです
ところが
都会に戻ると
圧するような
重くなったような
頭をフル回転させなきゃいけないような
不安定さを感じます
かんじる事より頭で考えて
考えた事こそ大切で
理論的に正攻法が見出だせなければ
すべて間違いであるかのように

状況的にも
今いる場所から離れるのは現実的でないにせよ
定期的に自然の中に身を置くようにして
色々チューニングするのは必要なのかもと思います
自然の中に身を置く際も
大勢で行くのも楽しいけれど
自分一人
ただそこに在るように
自然に包まれるのが良さそうです
私たちはあまりにも自然から離れすぎて
アンテナの感度が変になってるようです
年齢関係なく老若男女問わず
ずれてるみたい
頭でっかちでは
かんじるものもかんじられないから
ちゃんと今の自分に氣付いて
自分で調整しなくてはいけませんね
自分を
周りを
よく見るんだよ
よくよく見るんだよ
ただし
批判批評はいらないよ
今ここにあるもの

振返りますと
今自分が手にしているものって
大きく変わったなぁとかんじます
例えば10年前に抱えていたもの
仕事 人間関係
お金 物 環境
悩み 不満 不安
喜び 願い 希望
他にも色々と
今はほとんどを手放していて
新しいものが
この手の中にあります
という事は
今 抱えているものも
この先10年もすれば
ほとんどを手放し
新たなものを手にする事になるのでしょう
いわゆる諸行無常ですね
わかっていても
日々の生活の中では氣付きにくく
移り変わるものだなんて思いもしない
それもまた
人間らしさなのかもしれませんが
その想いに囚われ
心身ともにがんじがらめとならないように
時折振り返ると良いのかもしれません
あの時に辛かった事
今はもう手放せているな
あの時に悩まされた事
随分前に解決してすっかり忘れてたな
あの時に嬉しかった事
今は違う喜びを知って
嬉しいが広がっているな
まだまだ どんどんと
やって来ては去っていき
手にしては手放して
少しずつ少しずつ
「私」がアップグレードされていく
いくつになろうと伸び代しかないんです
私達って
ただ
手放して次に手にするものは
ちゃんと選ばないといけませんけれどね
過去の反芻とならないように
ほんの少しでも上の段階のものを選べるように
その為にも
常に自分に氣付いていなくては
今の自分がどうなのかと
今ここにあるものは何なのかと
よく見るんだよ
よくよく見るんだよ
方方に散った意識をここへ

これはあくまでも
私が勝手にかんじている事
興味がある
関心がある
というのを盾にして
方方に身を移し
ここに留まらなさ過ぎるのは
本来帰る場所がおざなりとなって
土台を踏み固めにくくなり
その身体から
意識が抜けやすくなる
自身が寝食をする場所を
一番の癒やしの場とする事が
本来は大切なのであって
外へ外へと求めるのは
目の前の自分と向き合う事を
避けるに等しい
という面があるようにかんじる
今は特に
今いる場所と繋がって
その場所を心地よく整えるのが良いように思う
しっかりと自分の足が
その場所に着いていると
かんじられるように
籠の中の鳥になれというのではなく
自分の安心できる場所を
揺るぎないものにするという事だ
その上で
方方に散ってしまった氣を
ここに戻すように意識して一つに還れば
この場所との繋がりが安らぎを与え
自分をしっかり満たしていくのではないだろうか
淡路國一宮 伊弉諾神宮

行きたいところに行く
を実行している今年
この日は
行きたいところに行くと
やりたい事をするを叶えました
行きたいところは
淡路國一宮 伊弉諾神宮
古事記・日本書紀の冒頭にその創祀を記す最古の神社。国生み・神生み始まる御神功を果たされた伊弉諾大神が、御子神の天照皇大御神に国家統治の権限を委ね、淡路の多賀の地に「幽宮(かくりのみや)」を構えて余生を過ごされた神宅(かむやけ)の旧跡に鎮座する。
この地で終焉を迎えられた伊弉諾大神を、その宮居の跡地に神陵(みささぎ)が築かれて、お祭りされたという神歴を創祀の起源とする。

訪れた時は
檜皮葺を葺き替えしており
本殿の全貌を拝む事は出来ませんでしたが
境内に溢れる清らかな空氣は
充分にかんじられました

本殿のすぐ横には
大正11年11月30日に
当時皇太子殿下だった昭和天皇が手植えされた
大きな楠があります
大正11年は1922年
樹齢103年を超えるんですね
風が強かったこの日
参拝中に風に吹かれた葉っぱが
私の肩に乗りました
そして
太鼓の音と共にご祈祷が始まりました
神楽が奉納され
参拝中の方が目を留めておりました
こういう機会に出会えるのは
とてもラッキーです
多く写真を収めませんでしたので
伊弉諾神宮の写真はこの程度しかありませんが
とても清々しい空氣に包まれ
静かに穏やかに参拝させていただきました
やりたい事は
ジェノバライン(まりん・あわじ)に乗る事
淡路島へは
神戸三宮から神姫バスで訪れる事も出来るのですが
ジェノバラインというものがあると知り
ずっと乗りたいと思っておりました
航行時間は13分程度と
かなり短いのですが
淡路島へ到着する直前に
明石海峡大橋の真下を通るというのが
とても魅力的です

おぉぉぉ

わーい
私にとって淡路島は
四国への用事がある時に
車で通り過ぎるだけの島でした
今回初めて公共交通機関で訪れ
コミュニティバスで約3時間程
南淡エリアをぐるりと周りました
幸せを運ぶ
ゴールデンドリームバス
外も中もキンキラキンのバスでした
高速道路の上からしか見ていなかった淡路島
初めて下道を通りました
海沿いに間隔を空けて
沢山の神社が祀られているのを知り
淡路島の海との関わりをかんじました
近くにあって知らない事が
まだまだ沢山あるなぁと
全てが初めての景色で
色んな刺激を受けた一日となりました
いつか北淡にも行きたいなぁ
アワイチ(淡路島を自転車で一周)も
してみたいなぁ

そんな氣持ちも生まれました
参拝出来て良かった
この機会に
心から感謝です
おめでとう✾ありがとう

今日はリリーと私の誕生日
うちの子になって6年目の記念日です
6年ともなると
人年齢ではそろそろ私と同じ頃
行動にも落ち着きが出てきたけれど
それでもまだまだ
おてんばな姿を見せてくれます

相変わらずの甘えん坊で
だけど無理強いしない優しい子
得意な姿勢はへそ天
私との好きな触れ合い方は
足ちぐら

抱っこの代わりだね
日増しに愛しさが増していくんだから
ほんとに不思議だよね
毎日毎朝
今日も会えたね
会えて嬉しいよと伝えています
お留守番の時間が多いから
リリーのお蔭で
毎日お家が安心安全
いつもありがとうと感謝を伝えています
その言葉も
ちゃんと伝わっているのが
嬉しいんだよね
リリー
お誕生日おめでとう
うちの子になってくれてありがとう
まだまだ沢山遊ぼうね
一緒に元氣に過ごそうね
賀茂御祖神社・賀茂別雷神社へ

ボリュームたっぷりな黄色いお花
辺り一面に咲き誇り
とても綺麗でした
ふと思い立ち
久しぶりに足を運びたくなった場所
またの名を
何年ぶりの訪問だろう
5年以上は足を運んでなかったかもしれません

下鴨神社の参道へ入る手前
あぁ懐かしいと
胸がつんとします
高野川を渡ったところから
最初の鳥居までのところにある公園と
河川敷へ降りる階段などは
以前はかなり荒れていたのですが
今はとても綺麗に整備されていました

河合神社も変わらず美しい
修学旅行と思しき女子学生が
楽しそうに鏡絵馬を描いていました

下鴨神社の境内内では
結婚式が行われており
参拝者の目を惹いていました
美しい光景に出逢えて嬉しいですね

続けて上賀茂神社
第一の鳥居の前の広場が
以前の面影が全くない程に
美しく整備されていました
草餅屋さんがあったと思うのですが
ちょっとわからなかった

貫禄が増しましたね
初めて上賀茂神社へ訪れた時は
鳥居をくぐった瞬間の
凛として柔らかな異世界のような空氣をかんじ
静かに驚いたのを覚えています
あの日も結婚式が行われていまして
その美しさに目を奪われました

私が好きな神社です
境内内では
クロアゲハがお出迎えしてくれました

天氣がとても良かったので
朱の門が空に映えます

青空にはためく日の丸も
コントラストがとても美しく
見惚れます

高野川が美しい
広い空が美しい
水と大地と空と
人がそれを繋ぐ役割を担うと
共に在って良いよ
共に生きよう
自然にあろう
自然でいよう
そんなかんじでしょうか
朝も早から
せっせと着物を着て
やりたい 行きたい
を実行した一日でした