小慣れた自分に小慣れない事の大切さ

f:id:nakatakaori:20170820181759j:image

 

仕事

友人

家族

集まり

 

様々な人との繋がりの場面があります

 

初めての頃は緊張感もあって

程よい距離を保ちながら

相手を慮る振る舞いが出来ますが

繰り返すうちにその振る舞いにも慣れ

少しずつ緊張の糸も解けていきます

 

何事でもそうですが

緊張の糸が解けた時に

少し気に留めておきたいなと想う事

 

それは

 

 

小慣れた自分に小慣れない事

 

 

ではないかとかんじます

 

仕事を例にとるとわかりやすいのですが

繰り返し語る言葉があったとします

始めのうちは相手に届くように

「伝わる言葉の運び方」

を自然と行います

 

しかし

その言葉が身に付いて自然と口から発せられるようになった時

コレを言ったら次はコレ

そしてこうしてああして…と

スイッチを押せば話始める機械と変わらない

ルーティンとしてのノルマの言葉に変わってしまいやすくなります

 

 

こうなった時というのは実は

自分の意志での言動ではなく

言葉に意識が支配された状態であると言えます

 

コミュニケーションを通して

多くの方が経験されていると思いますが

決まった文言だけでは

全ての方には届かない場合があります

 

人によって受け取り方は様々ですので

相手に応じて言葉は変化します

 

簡単な表現に変えたり

ゆっくりお話ししたり

言葉数を減らしたり

耳元で語りかけたり

 

どのように変化させるかは

相手の様子を見て

自分の意志で言葉を見つけなければなりません

 

つまり

言葉を「想いを伝えるための大切なツール」として

大切に扱う事が必要になります

 

 

小慣れた時には

そのルールや技術に依存してしまいがち

ルーティンと化したその言葉を

ただただ繰り返してしまう事もままあります

そうなると

それでは伝わらない方に対しては

一方的に言葉を投げられているだけの状態になります

そうならないよう柔軟に対応出来てこそ

心のこもったおもてなしとなるのでしょう

 

 

これが

友人や家族を対象とした場合どうか

 

つまりは

「親しき仲にも礼儀あり」

という事ではないでしょうか

 

当たり前という想いになりやすいのが

身近な方々との関係です

 

どんなに仲良くなろうとも

どんなに本当の想いを伝え合える仲であろうとも

あの人ならわかってくれるだろう

と甘える事なく

ごめんなさい

ありがとう

をキチンと伝える事は大切にしたいですね

 

 

どんな場面に於いても

小慣れた時に自分の意志が失われがちです

ルールや技術

関係性に依存してはいないか

折を見て振り返るのも良いかもしれません