息を吐くかのように

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夏の夕暮れは、

息を呑むような美しさが空一面に広がります。

感嘆の声を上げながら見上げる人も多く、

地球の美しさに圧倒される日々。

 

 

久しぶりに一般社会に交わり、

ごく普通にお仕事をさせていただきながら、

様々な事を体験しています。

 

語弊を恐れず書きますが、

 

私たちはとてと自然に、

それはまるで、

呼吸の息を吐くかのように、

ネガティブな言葉を語るんだなぁと、

実感しています。

 

その刺々しいエネルギーに触れる機会が多い事に、

改めて驚きを感じています。

かつての私もそうだったんだなぁと、

とんでもないエネルギーをぶちまけていた事に、

恥ずかしさも覚えます。

 

 

例えば、

少し個性の強い方がいたとしたら、

いかにも変な奴だと上げ釣らって、

どれほど愉快な言葉でディスれるかを、

無意識で競っています。

 

ディスるって初めて使いました。

 

本当に呼吸と同じ無意識で、

辛辣な言葉が飛び交う現場に、

時々、動悸がします。

 

しかし、

これが社会の大多数の現状なのではないでしょうか。

 

 

なるほどなぁ…。

 

 

そんな風に思いながら、

色々と考えていました。

 

 

私が心地良いと感じられる環境であるかどうか。

 

答えは一つ。

NOです。

 

ならば、

さぁどうする。

 

 

今までなら直ぐにその場から離れていました。

だけど今回は、

私なりの目的があって望んだ環境なので、

すべき事をしようと思います。

 

 

周りを、

この環境を、

否定してしまってはいけないと思います。

 

否定というネガティブなエネルギーの上には、

不安定なものしか構築されず、

簡単に崩壊してしまうでしょう。

 

先ずは現状を認めて肯定し、

これまではそうだったけどこれからは変えてみよう、

そんな感じでポジティブなエネルギーで、

強固な土台を作ってから自分が望むものを積み上げれば、

安定した構築がなされるはずです。

 

 

そこですべき事とは何なのかは、

私の中にあります。

あるはずです。

私は知っているはずです。

 

それを、

やるのみ。

 

 

 

一人一人、

今ある環境というのは、

自分がすべき事をいつでも確認する為に選んだもの。

 

その場から離れる、

継続する、

 

実感この二択しかなく、

継続する場合には、

何をすべきかその答えが、

自分の中にあると気付く必要もあります。

 

気付くまでの忍耐、

気付いてからの忍耐、

そこからの学びを得たいのでしょうね。

 

私たちの魂は勤勉ですから、

その為の環境を惜しみなく用意してくれます。

 

 

とにかく、

自分に気付いている事、

自分を観察する事は、

社会で会社働く人には必須な事です。

何よりも大切。

学校で学ぶ人もそうかもしれない。

環境に慣れて染まりきってしまわないよう、

しっかり自分を観察し、

自分の全てに気付いている事です。

 

 

息を吐くかのように口から溢れる言葉が、

愛ある美しい響きのものであるように、

その言葉から、

周りに温かな光をもたらすように、

そんな自分であると心に決めて、

出来る事に努めていきたいと、

満月が過ぎて、

台風一過の夜長に思っています。