日常に溢れるメッセージ

日常に溢れる様々なメッセージを綴ります

猫に学び 猫のように生きる

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猫のように生きる

 

 

かつてはそんな事を想いながら

近所の野良猫ちゃん達と仲良くなり

話しかけたりして

彼らの行動を色々と観察していた

 

実際に猫と暮らすようになっても

変わらず彼女を観察している自分がいる

 

 

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やってはいけない事をした時に

鼻ピンされたり

霧吹きで水をかけられたりして

怒られる事をわかっていても

猫は

自分がやりたいと思った事は

必ず行動に移す

 

今はマズい

と引き下がる事もあるため

貫くとまでは言えないにせよ

常に 常に

その時を その隙を見つけては

果敢に挑戦する

 

その好奇心を絶対に打ち消す事などしない

 

彼らにはきっと

「やりたい」という言葉はなく

「やる」しか選択肢を持っていないんだろう

 

私自身も

出来るか出来ないかではなく

やるかやらないかだ

むしろ

「やる」しか選択肢はないんだ

なんて

かつてから言ってはいたものの

彼らに比べれば

「やる」に至るまでの思考の手順が多すぎて

もはや「やらない」に等しい行動が多かったような

そんな気がしている

 

そして今は

 

不十分ながらも

自分が過ごしたい環境の中で

好きな物を食べ

好きなように眠り

好きなように働いて

好きなように過ごている

 

自分の「やりたい」を叶える為に

 

 

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私は

ゆっくり過ごしたかったらしい

静かに過ごしたかったらしい

 

朝は朝で爽やかに目覚め

夜は夜で暗くなったら眠り

 

好きに料理を作って食べ

温かな光に包まれた中で

 

ただ静かに過ごしたかったらしい

 

 

それによって

自ら発信する事も減り

このブログの更新も月1回くらいのペースになりつつある

 

かつての真逆を生きている

「今」の私を

猫に学びながら楽しんでいる

 

 

とは言え全ては無常

 

この先のことはわからない

ただ

「今」

にフォーカスすると

私はとても満たされている

これまで経験した事のない

安心と希望と光を感じている

 

 

不思議なものだ

 

 

 

夏至を迎える前に

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最近

カメラロールが猫だらけになりました

 

先月末に引越しをし

念願だった猫との暮らしを始めました

 

全ての事は無常で

そのままであり続ける事はなく

先の出来事もやがては過ぎ

手が届かないと思っていたものも

時が満ちれば

この手の中に収まっている

 

一年前を振り返ると

そんな風に思います

 

 

 

 

完璧ではないにせよ

自分が何にフォーカスしたいのかを意識し

 

どんな感情も私のもので

その全てを認めて

向き合っていく

 

 

そんな事に

瞬間 瞬間

ただひたすらに

努めて来た日々

 

未だに未熟さが際立つ事もあるけれど

それでも手探りながら

今なおそれを続けています

 

 

前より深く

無常である事をかんじており

今のこの状況さえも また

移り変わって行くのだなぁと

かんじております

 

 

6月22日に夏至を迎えます

 

自分の中に根強く居座って

手放せないでいる何かがあるのなら

それに気づいて

手放す事を意図しましょう

 

何にフォーカスするのか

再確認しましょう

 

更に光溢れる未来が

皆様にも私にも訪れますように

皆々様が幸せでありますように

 

 

 

 

 

時代が変わって

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2019年5月1日

平成から令和へと時代が変わりましたね

 

歴史的な節目を体験した私たちですが

その変化は普段と然程変わらず

日が沈めば平成が終わりを迎え

日が昇ればもう令和がやって来ておりました

 

ですが

どこか静粛な空気を感じるのは

私だけではないのではとかんじます

 

天皇陛下 徳仁さまの即位後 初のお言葉からは

計り知れない重責を担う

そのご覚悟の深さを感じ

胸の奥深くが震えるような感じを覚えました

 

私たちが本来持ち合わせている

「神性」に何かが共鳴し

これからの時代の流れの道標かのように

一筋の柱が立った

 

それが

静粛な空気を感じさせたのでしょうか

 

 

そんな最中

私個人も歳を一つ重ね

大きな節目を迎えたと同時に

新たな家族も迎え入れました

 

 

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保護猫の里親となり

以前から願っていた猫との生活が叶ったのです

 

名前はリリー

愛おしくてたまりません

小さくて大きな命

生きる事に真っ直ぐな彼女は

そこにいるだけで

様々な事を教えてくれます

 

新たな学びの幕開けです

 

それもまた私にとって

静粛な空気を感じさせる一つ

なのかもしれません

 

 

新しい令和の時代が

皆々様の安寧と平和

そして

多くの幸せをもたらす時代となりますように

 

 

 

光の差す場所

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そこには何も無いと思っていても

心を静かに

しっかりと感じてみれば

そこには確かに在るという事に気付く

 

光は

 

刺すような鋭いものもあれば

境い目が曖昧な包まれるような灯みたいなものもあり

何かに切り取られた限定的なものもあれば

そこから溢れる泉のようなものもある

 

様々な形態で私たちに降り注ぎ

何かの気付きを与えたり

癒しを与えたり

切り替えを促したり

目覚めさせたりしてくれる

 

光の差す場所は

 

私たちが目を留めたところにあり

いつも

いつでも

私たちにそれを示してくれている

 

必ずそれは在る

いつでもそれは在る

 

私たちは照らされており

輝き放っているのだから

 

 

 

 

新しい始まり

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氏神様のお隣の敷地には

今年もハナズオウ

鮮やかで美しいピンクの小花を

沢山咲かせていました

 


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近所の公園には

管理してくださっている方が

元気いっぱいのパンジー

花壇に沢山植えてくださってました

 

パンジーって

女子高生の弾ける笑顔のように

皆んなで元気いっぱいに笑ってる

そんなイメージがあります

 

 


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自宅の側にも

殺風景な道路の電柱の側に

ぽってりとした桃の花が

たわわに咲いています

 

 

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もちろん

桜も満開のこの季節

 

春ですね

 

先日はあちこちで

入園 入学 入社のセレモニーが

華々しく行われていました

 

道すがら

おめでとうございます

との声を何度も耳にして

こちらまで嬉しい気持ちになりました

 

真新しい制服やスーツ

嬉しさと緊張が入り混じる

初々しくも凛々しいお顔

 

ここから素晴らしい未来が開かれますように

 

こんな風に心でエールを送りながら

沢山の「始まり」が

鮮やかで優しいピンクの愛の色で包まれる春を

感じておりました

 

 

 

そんな私も この春

新しい始まりを迎えます

 

長年望んでいた事だけど

なかなか現実にならなかった事が

やっと動き始めました

 

 

納得出来たり出来なかったりしながらも

自分なりに色々と何かをやっていくうちに

いつの間にやら何かの土台が出来上がって

その時を迎えるところまで来たようです

 

 

不貞腐れ ぶぅたれて

ダラダラして

決して整っているとは言えない生活態度もあり

何やってんだ自分なんて思う状態にあっても

自分と向き合う事さえ忘れなければ

必ず何か一つが

小さな一つが変化して

ささやかな一歩を踏み出しているものです

 

一つ

また一つと踏み出し

積み重ねて来た中の次の一つが今回

たまたま人生の節目となるような大きなものだった

というだけなのでしょうね

 

そして次の一つはまた

小さな一つ

中くらいの一つと

様々な一つが巡るのでしょう

 

 

それが何であれ

巡り来る「一つ」というのには

私だけのタイミングというのがあるんだなと

改めてかんじております

 

「今」だな

 

とわかるタイミングがあるのです

 

それに気付けるかどうかは

真剣に自分と向き合えているかどうか

それ次第なのかもしれません

 

ほんの些細な心の反応に気付けるかどうか

外の刺激にほだされ 惑わされないで

純粋な反応に気付けるかどうか

 

 

上手くやれているかどうか

普段の生活の中ではなかなか分かりにくい事もあるけれど

大きな節目を迎えた時に

この為の経験だったのかと思えたなら

色々と報われるようにも思います

 

 

全ての選択は正しく

今の自分は

最善の選択の結果です

それを認めるのが最初の一歩

その上で次の選択を

本当の「最善」にフォーカスして行動すれば

どうやらそれは叶うようです

 

 

「今」は常に変化していますから

叶ったと感じた今でさえ

未来から振り返れば

「あの時の選択はこの為だったのか」

と思う通過点の一つです

 

未来の自分に

「良かったね!私!」

と言ってあげられる今を生きてみましょう

 

その為の新しい始まりを

この瞬間から

自分の意志で

自分の心に迎え入れましょう

 

 

おめでとう!私!

 

 

 

 

 

新時代

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正に新時代の到来ですね

平成の時が終焉を迎え

新たなる"令和"へと移り変わろうとしています

 

 

昨日の11:30に

5月1日からの新元号が発表されました

 

令和

 

美しい響きだなぁ

 

そんな印象でした

 

 

令には

古代において、律と共に根本をなしたおきて

相手に関係ある人を尊敬して言う語

 

 

和には

やわらぐ、なごむ、争いをやめること

相手を大切に想い協力し合うこと

調和が取れていること

 

 

などの意味があるようです

 

 

安倍晋三総理大臣の談話によれば

令和とは

 

「人々が美しく心を寄せ合う中で

文化が生まれ育つ」

 

という願いが込められているとのこと

 

正に

これからの新時代にふさわしいようにかんじました

 

 

元号には

それぞれに意味が込められているようですが

ただ文字を読み解いても

昭和から平成

平成から令和への移り変わりは

その繋がりの奥深さを感じずにはいられません

 

 

昭和

明らかとし調和を取ること

明るく照らし争いをやめること

 

平成

穏やかさを成すこと

平らに成すこと

 

令和

お互いを尊重し合い調和を取ること

古来より大切にされて来た日本人の心を呼び覚まし

和すること

 

 

昭和時代には戦争がありました

敗戦を迎え

戦後の厳しく貧しい日々を乗り越えて

大きな発展へと

生きることへの底力が発揮された時代でもありました

 

平成時代にはいくつもの大震災がありました

政のみならず

大地そのものがならされ

復興 再生の力を

試される時代でもありました

 

 

新時代への土台づくりを先の時代が誘導し

そこに

令和 という心 魂の調和の時代

揺るぎない基礎を築き上げる時代へと

託されたようにかんじております

 

 

昭和から引き継がれた平成の31年時代

今生天皇が成したお役割の大きさを

この時代の節目に改めてかんじます

 

 

それを引き継がれます皇太子さま

令和天皇からかんじますその意志に

新年号に込められた意味が

そのものを表しているようにもかんじます

 

 

安倍晋三総理大臣は

ずっと掲げていらした

「日本を取り戻そう」

という意志を

この年号にも託されたのではないでしょうか

 

 

私たちは

見失っていたもの

忘れていたものを呼び戻し

本来の神性を蘇らせる時に来たのだと思います

 

決して政治的な意味だけではなく

一人一人の私たち自身が

自分を含めた全ての方を尊重し

本来の「調和」を大切にする

愛の意識で生きる時に来たのだと思います

 

 

 

令和

 

美しい響きですね

 

天皇陛下を始めとし

これまでの時を繋いでくださった全ての方々に

心より感謝申し上げます

 

美しい時代を

共に

築き上げてまいりましょう

 

 

 

 

辛い時こそ笑っていなさい

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とある男と女の物語

 

それはまるで

60年代の洋画の世界のような雰囲気

 

モノクロで映し出された街には

歩道の上をケーブルカーが走っており

沢山の人で溢れかえっていた

 

そこに

とある男ととある女がいた

2人は夫婦で

決して豊かとは言えない生活を送っていた

 

男は自由な性格

靴を履いていても

水たまりの中を歩く

 

道を行くのに

乾いた道や水たまりのある道の区別をせず

行きたい方向へ進む

ただそれだけなのだが

妻である女も含めて

人は男を怪訝に思っていた

 

 

そんな2人は

毎年の記念日に写真を撮る事が決まりだった

その写真を撮ってくれる人は

彼らの知り合いのある人

 

ある人はいつも言う

 

はい 笑って

 

2人は貧しかった

男は気にもしなかったが

女は辛く

なかなか笑えなかった

 

辛い時こそ笑っていなさい

はい 笑って

 

それが

写真を撮る時のお決まりのやり取りだった

 

 

その頃の2人が良く食べた物と言えば

ミルクでといたマッシュポテト

塩味を効かせているが

具材は何もない

 

ある人は

そのポテトを大切に想いなさいとも言う

そして

笑っていなさいと

 

 

女は辛かった

男は相変わらず

靴を履いたまま水の中を歩くし

マッシュポテトも飽きるほど食べた

 

けれど

努めて笑っているように心がけた

 

 

それから数十年が経った記念日

2人は今年も写真を撮ってもらっていた

 

はい 笑って

 

2人は笑った

 

とても良いねとあの人は言った

 

 

ところで

ポテト料理は好きかい?

とあの人は尋ねた

 

女は好きだと答えた

 

色々な具材を加えて

ポテトサラダにしたり

ラザニアにも入れたりすると

 

とても良いねとあの人は言った

 

マッシュポテトはどうだい?

とあの人は尋ねた

 

女は言葉が詰まったけれど

やがて

好きだと答えた

 

辛かった頃を思い出すけれど

それを食す度に

笑っていようと思えたからと

 

あの人言った

 

辛い時の経験は

何かをキーワードにして必ず蘇る

君にはマッシュポテトがそれだ

 

マッシュポテトを思い出す時に

辛い想い出だけが蘇らないように

私は笑っていなさいと伝えていたんだよ

一緒に素晴らしい想い出も蘇れば

これまでの人生が

とても美しく素晴らしい道のりであったと

心から思えるようになるから

 

今笑って過ごせる事は

未来へのギフトなんだ

確かに辛さを越えて生き抜いてきた自分への

愛と感謝のギフトになるんだよ

 

 

女は思った

 

具材のないただのマッシュポテトばかりだった日々

今も尚 男は変わらず

靴を履いたまま水の中を歩くけれど

具材を入れ

料理のレパートリーも増え

楽しく食事をいただけている

 

 

そう それは

 

男が女の幸せを願い

ひたすら毎日努力を重ねて来たからだ

かと言って仕事に毒される事はなく

靴を履いたまま水の中を進みたいように進み

自分を見失わないように

女を愛する自分でいられるように

変な目で見られながらも

働き抜いたからだ

 

男は女を愛していた

今尚

靴を履いたまま水の中を歩くけれど

それでもまだ

女を愛している

幸せを願っている

 

マッシュポテトは

そんな2人を支えてくれたエネルギー

素晴らしい想い出として

蘇る未来を自分たちで作った

そんな「今」に

君たちは生きている

 

とても良いとあの人は言った

 

2人はまた 笑った

 

 

 

 

 

…という夢を見ました

 

まるで洋画のような街並みで

物語がしっかりした夢

鮮明に覚えていたのだ記してみました

 

貧しさが良し

豊かさが良し

汗水流して働き詰めるが良し

という事ではなく

 

無理矢理笑って

自分を押し殺すのでもありません

 

その辺の曖昧な部分は

夢を見ている私には

言葉を越えて伝わっていたため

夢の中で「シーン」としての描写はなく

エネルギーとして存在していました

 

辛いものは辛いから

ならばどうして笑っていようか

というのは考えなくてはいけません

試行錯誤しながら毎日を生きる事の積み重ねで

突破口が開けるようにも思います

 

 

自分のために

自分を喜ばせる努力は惜しまないよう

出来るだけ笑って過ごしていたいですね