人を変える

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心理学を学んだ時に、

講師の先生から繰り返し言われた事は、

相手を変えられると思うな、

という事。

 

自分は相手を変えられるという自惚れや慢心は、

エゴを引き出し、

メサイヤコンプレックスへと変化する事になりかねない。

本来の目的からはかけ離れてしまい、

自ら火に飛び込む事態を招く。

 

 

だけど唯一、

人を変える方法がある。

 

 

それは、

 

 

自分が変わる事だ。

(想像出来ただろうけれど。)

 

 

自分が変わる。

見方、視点を変える。

捉え方を変える。

在り方を変える。

 

それらの変化によって、

相手の言動の受け止め方が変わる。

 

つまり、

相手が変わって見える。

 

実際には相手は何も変わっていないのだろう。

こちらの捉え方が変わったのだから。

 

だけど、

こちらが変わった事に影響されて、

相手も本当に変わる事がある。

相手が変わった事に影響されて、

またこちらも変わっていく。

互いに研鑽し合うのだろう。

 

ただし、

こちらが相手を直接的に変えたのではなく、

相手が自らの意志で変わる事を選択しただけだ、

という事を理解しておく必要がある。

 

逆も然りだ。

 

相手に直接的に変えられる事はない。

自らの意志で変わる事を選択しているのだ。

 

 

結局のところ、

相手を変えたければ、

先ず自分が変わらなければならないという事。

 

ご縁のある方ならば、

先に書いたように研鑽し合って相手も変わる。

 

お役割を終えた方ならば、

そこでご縁も終わりを迎える。

 

 

自分次第、とはわかっていても、

どうしても相手に何かしてやろうかと思うもの。

その感情をコントロールするために、

一度深呼吸して、

「鏡」を覗くクセを身に付けておきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界のネガティブが写すものとは

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「知る」というのはとても大切なこと

何かを起こすのに必要な第一歩でもある

 

色々なことがリセットに向かっている

 

何を観ればそれがわかるか

 

目に映るネガティブな事象からそれがわかる

 

 

私たちは知らぬ間にコントロールされていて

貧困に喘ぎ

勝ち負けにこだわり

名誉にすがりつき

マネーゲームのコマとなって

正に命を削って働いている

 

本当の自分とは何か

自分にはその価値があるのか

私なんかがそんな事をしたってバカにされるだけ

これがなければ生きてる意味がない

とにかくこれをやらなければ

 

あの人がすごい

恩恵を受けよう

自分もあぁなりたい

成功したい

 

全ては用意された仕組みの中でのこと

操られているとも知らずに

がむしゃらに回転車の中を走り続ける

 

 

ところが

情報社会の恩恵を受けて

これまで隠されて来たことが明るみになり始めた

 

世界を牛耳る者がいる

政治が都合よく操られている

正しい情報が配信されない

印象操作ではないのか

コントロールされている

あんな悪いことをしている

私たちは騙されていたんだ

 

ある意味

現実世界への目覚めの瞬間だろう

 

情報社会に生かされ

様々な政策に丸め込まれ

自分が考える力を奪われた事により

いつの間にかバーチャルの世界に生きて来た私たち

 

 

牛耳るとされている者たちが恐れる民衆の目覚め

それは私たちが自分の意見を持つということ

怒りも勿論出てくるだろう

反発が起こり始めている

 

何てことをするんだ

それは間違いじゃないか

 

現実として捉える事が出来るようになった者は

反論し訴える

 

それはつまり

世の中が覆り始めた

という事だろう

 

 

ただ少し待って欲しい

 

 

1つ 大切な事がある

見逃してはいけない

目を逸らしてはいけない事がある

 

 

それは

 

 

私たちが

私たちの意思で

それらを甘受し享受して来たのだということ

 

確かに

戦後などの破壊の時代には

そうせざるを得なかった時はあっただろう

 

その後

少し豊かになってからは

そこに邪な想いがあって

自然に循環してきた様々な流れを無視し

利便性を優先して

自ら選んで来たものがあったのではないか

 

 

それらの結果が何なのか

 

 

それこそが

世界のネガティブが写すものではないか

 

 

それらを否定し続けるのは簡単

 

だけど先ずは

それらを目にした時に

 

「これは私たちの心であり私たちのエゴの姿だ」

 

と認め受け止めることが大事ではないか

 

 

もちろん

もうコントロールされない

本来あるべき社会を目指して行動することは大切

 

と同時に

自分はどうなのか

という自分軸を取り戻せ

という教えであることと受け止めて

 

偽りの自分 自我から

本当の自分 真我へと

自分を導く時が来たのではないか

 

 

心と身体は一体で

心や魂を磨くのならば

その器である身体も磨かねばならないように

 

世界は私たちの集合意識の鏡であるから

私たち自身の心と魂を磨かねばならない

 

 

世界は私たちそのもの

過去の歴史は私たちそのもの

 

 

自分の中の戦争を終わらせなければ

元ある物を奪い偽りで塗り尽くす戦争を

自分の中からクリアリングしなければ

 

 

 

世界のネガティブを目にする度に己に問う

私の中の戦争は終わったの?

まだ偽りで生きているの?

 

 

世界がリセットに向かっている

世界のネガティブが私たちを写している

 

 

 

 

 

 

年の功

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時代によって

その時の常識や考え方は変わり

時の流れによって

その考え方が古くなったりもします

 

今は特に

情報を集めやすい時代

そのサイクルも加速しているようにかんじます

またそのお陰もあって

若くあっても知識や技術があり

諸先輩方に比べても

時代にしっかりと順応出来て

有効に活かしている方も多いだろうと思います

 

若さ故の熱意はとても勢いがあって

時代を牽引するには必要なパワー

素晴らしいことだと思います

 

とは言っても

 

年の功

 

という言葉がありますが

若い者にはないものを

諸先輩方は多く持っています

 

精神世界の考え方も

ビジネス論や心理学などに並ぶくらい

当たり前のように語られるようになった今ですが

とはいえ現実世界

物質世界に生きる私たちは

経験という宝があり

諸先輩方はそれを確かに活かしながら

若い者たちとその瞬間を分かち合ってくれています

 

昔はこうだったあぁだった

などという武勇伝を語るのとは違い

本当の年の功を発揮する時は

人知れずさり気なく

振り返ればそうだった…と思わせます

 

それによって

一番に若い者が学ばなければならない事は

 

「謙虚」

 

ではないかとかんじます

 

諸先輩方を全員敬えとは思いません

ここは大切

どうしても自分に合わない方もありますから

無理をするのとは意味が違います

 

ですが

そんな人からさえも「謙虚」を学ぶ事は出来ます

 

若さ故に熱意も勢いがありますが

その熱意は

若さ故にコントロールを誤る事もあります

 

そのために

諸先輩方は示してくれているように思えてなりません

謙虚たれと

 

正しい事をしていても

素晴らしい技術を持っていても

それらを正しく素晴らしく輝かせるのは

己の謙虚な心ではないでしょうか

 

特に

先頭に立つ立場にあればあるほどに

その心を問われます

 

己の慢心に呑まれる事のないよう

人知れずさり気なく

年の功でもって教えをくださる諸先輩方

 

感謝でもって学びをいただきたいと思うこの頃です

 

 

 

 

グラウンディング・アーシング

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大地と繋がろう。

近頃の私は上へ上へ行こうとしてしまうので、

少しずつグラウンディングアーシングを意識しています。

 

裸足で大地に立って、

大地のエネルギーをかんじてみる。

 

寝転んで空を見上げて、

木々が揺れるのを眺めたり、

雲が流れるのを眺めたり、

 

風にそよがれながら、

蝉の鳴き声を聴いてみたり。

 

そんな風にして過ごしていると、

実は涼しいことが良くわかります。

 

 

私たちが生活している場所は、

大地はコンクリートに覆われ、

風に揺れる木々は遥か遠く、

空気の揺らぎ、音の揺らぎがない、

自然から隔離された空間。

 

夏の太陽の熱だけではなく、

私たちの滞ったエネルギーも蔓延して、

不快な熱として溜まっているのかもしれません。

 

土の大切さ、緑の大切さ、

拓けた空間の大切さ。

そんな場所に身を置くことの大切さ。

 

具体的な変化はわからずとも、

何か良くわからないけれどかんじる何か、

それを味わう回数を重ねる事で、

知らずに纏ってきた鎧を、

1つ1つ脱ぎ捨てることが出来ます。

 

身軽になって、

次のステージへと進みましょう。

 

 

海に浸かるのも良いですよ。

 

 

幸せ 喜びへの耐性

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意外にも私たちは

幸せや喜びに対しての耐性が乏しい

 

そんな事はない

という方も在るかとは思うけれど

それは条件付きの幸せや喜びではないか

今一度確かめてみて欲しいとかんじる

 

 

例えばどういうことか

 

 

何かをやって皆んなが来てくれたから嬉しい

何かを貰ったから幸せ

一緒にいるから嬉しい

喜んでくれたから幸せ

 

 

もちろんどれも嬉しいことであり幸せなこと

だけど

前提があっての幸せや喜びは実に脆い

 

本当の幸せや喜びは

何もなくても

たった一人でいても

勝手に心の奥底から湧いてくる

 

今ここに生きている

幸せ

 

そんな想いに自分の全てが包まれる

 

一人でいる時の心の在り方にこそ

本物の想いが宿っている

 

 

本当は誰もが持っている感覚なのだけれど

あらゆるもので飽和した世界に生きていると

その感覚が麻痺してしまい

いつの間にか忘れてしまう

 

そして時々想い出しては

謙遜や卑下で打消してしまったり

淋しさに追いやられてしまう事も

 

その幸せや喜びへの耐性が薄れ

受け止められなくなっているのだろう

 

たった一人でもかんじられる

幸せや喜びへの耐性が強化されると

先に書いた前提付きの幸せや喜びも

その奥行きがガラリと変わる

 

私たちはもっと幸せになっていい

もっと喜んでいい

 

何もなくとも

何も成さずとも

 

幸せであっていい

意図すると動き出す

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とても素敵なものをいただきました。

石を切り出して作られた文鎮です。

黒雲母でしょうか?

 

このブログのカテゴリーにもありますが、

これから度々、天日草文字を書いていこうと思っています。

 

だから文鎮が欲しいなぁ…

と思っていた訳ではないのですが、

いただいた瞬間に、

 

「これ、必要だわ」

 

とかんじました。

誰に言った訳でもありませんが、

文鎮から私の元にやって来てくれました。

 

意図すると必要なものが自分の元に巡るように、

あらゆる事が動き出します。

 

これまでの多くは、

さらなる深い学びが巡っていましたが、

これからは様相が変わってきそうな予感です。

もう実践の時。

それでも学びは終わりませんが、

だからこそ、何を意図するのかが要なのでしょうね。

 

素敵な文鎮、ありがとうございます。

大切に使わせていただきます。

 

 

 

知識を受取る器も磨く

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世の中には沢山の学びがあって

それを身に付ける為に

熱心に学ぶ方も沢山いらっしゃいます 

 

私も色々学ばせていただき

自分の中で咀嚼しながら落とし込んで

気付きを得て来ました

(まだ学びの途中)

 

その中で

気を付けなければならない事があると

実体験からかんじる事があります

 

学びはとても大切です

しかしながら

学ぶだけではどうやらダメなのです

 

実践しなければ

 

と言いたいのではありません

それは勿論のことですが

他にも大切な事があります 

それは

 

自分という器を磨く事

 

 

器を磨くとは

 

 

私たちの身体は魂の容れ物

身体を美しく保つ事が

魂を傷付ける事なく大切に扱う事に繋がります

 

身体という器を磨く事

 

これもとても大切なのです

 

 

身体には心の状態が全て現れます

なので必然的に心の癒しはセットになります

加えて身体の癒しを行う

 

身体の癒しとは

マッサージや軽い運動もそうですが

身体を創る食べ物やお水にも気を付ける事を含みます

 

特にお水は

成人の身体で7〜6割を占めると言われています

このお水が循環せず体内で滞ってしまうと

学びや気付きのフィルターの目が詰まるようなもの

吸収出来るものも出来なくなります

 

そして添加物などの薬品を摂取する事も

本来は自然の一部である私たちの身体を

毒したり麻痺させたり誤作動を誘発したりなど

自然から引き離す行為である為

かんじるという機能が低下したり停止させたりしてしまいます

 

 

結果どうなるかというと

 

学びに気付かなかったり

イライラしたり

不安になったり

不満を抱えたり

低次元の物を引き寄せたり

ネガティブになったり

想いの循環が悪くなったりします

 

何を自分の中に取り入れるのか

それを許可するのは

食べ物を食べる自分です

目の前の食べ物や飲み物は未来の自分

どう選択するのか

じっくり考えてみる事も大切ですね

 

他にも色々ありますが

取り急ぎ気を付けられる事から実践すれば良いと思います

その行動こそが

自分を愛するという事になります

 

自分を愛してこそ

知識も含む全てを受取る事が出来るようになります