幸せ 喜びへの耐性

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意外にも私たちは

幸せや喜びに対しての耐性が乏しい

 

そんな事はない

という方も在るかとは思うけれど

それは条件付きの幸せや喜びではないか

今一度確かめてみて欲しいとかんじる

 

 

例えばどういうことか

 

 

何かをやって皆んなが来てくれたから嬉しい

何かを貰ったから幸せ

一緒にいるから嬉しい

喜んでくれたから幸せ

 

 

もちろんどれも嬉しいことであり幸せなこと

だけど

前提があっての幸せや喜びは実に脆い

 

本当の幸せや喜びは

何もなくても

たった一人でいても

勝手に心の奥底から湧いてくる

 

今ここに生きている

幸せ

 

そんな想いに自分の全てが包まれる

 

一人でいる時の心の在り方にこそ

本物の想いが宿っている

 

 

本当は誰もが持っている感覚なのだけれど

あらゆるもので飽和した世界に生きていると

その感覚が麻痺してしまい

いつの間にか忘れてしまう

 

そして時々想い出しては

謙遜や卑下で打消してしまったり

淋しさに追いやられてしまう事も

 

その幸せや喜びへの耐性が薄れ

受け止められなくなっているのだろう

 

たった一人でもかんじられる

幸せや喜びへの耐性が強化されると

先に書いた前提付きの幸せや喜びも

その奥行きがガラリと変わる

 

私たちはもっと幸せになっていい

もっと喜んでいい

 

何もなくとも

何も成さずとも

 

幸せであっていい