教える事の忍耐

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教えてもらった立場として

思う事がある

 

 

 

散々言われていた事なのに

その時は全く実行する事が出来ず

 

実行する氣にもなれず

 

時だけが過ぎて行き

回り回ってある日突然

 

アレをしよう

 

と素直に実行出来るようになる

 

 

 

なんて事がままある

 

実行出来るようになるまでには

半年以上

一年以上かかったものもあるけれど

だからといって

叱られるなんて事はなく

そうなるまでずっと

見守られて来た実感がある

 

 

人には

その人だけのタイミングがあって

声を掛けたからといって

その時が完璧なタイミングであるとは限らず

 

その人に

聖なるタイミングが訪れるまで

口出しをせず

横槍を入れず

見守り 

祈るという忍耐が

教える側にはある

 

時に教える立場になる事もあり

その時にはそれで対応してはいるけれど

自分もそのように見守られている

という事に

これまで氣付けない事があったように思う

 

 

これをやってみようと思ったそれは

いつか誰かが教えてくれた事かもしれない

 

言われて瞬発的に反発し

受け容れなかった事かもしれない

 

その時の反発心が

お相手の方からの見守りに氣付けないように

フィルターをかけていたのかもしれない

 

 

 

教える事の忍耐は

それなりに大変な事だ

 

相手を大切に想うからこそのならば尚更

相手を信頼して時が満ちるのを共に待つのだから

 

それはそれは有難い事

 

日々

自分に氣付いていなければ

見落としてしまう学びのように思う

 

 

私たちはいつも

誰かの愛に支えられている