誰がやったのか

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例えばお家や職場で

何かが溢れていた

汚れていた

壊れていた

などの状況に出くわした時に

 

何故そうなったのか

ではなく

誰がこれをやったのか

に必要以上に拘って

犯人を突き止めようとする方がいます

 

或いは

あの人がやったんじゃないか

と根拠のない憶測を示す方もいらっしゃる

 

 

もちろん

やった人を特定出来れば

その原因を直接聞けるので解決も早くなるのですが

 

先に書いたような方の場合

原因特定を目的として犯人を突き止めるのではなく

誰が犯人なのかを明らかにする事そのものが目的です

 

それはつまり

 

自分は犯人ではない

自分は悪くない

 

という事を証明するための行動

自分を守る為だけに

犯人を特定したいというエゴの現れです

 

 

このきらいのある方は

原因は他人にあると考えがちで

全ての不満は他人のせいだと

無意識のうちに思っています

 

私はこんなにやったのに

何であなたはやらないのか

 

そんな感じです

 

 

 

さて

 

 

ご自身はどうでしょう

 

 

 

 

自分の言動

言葉や思考の癖を

よくよく観察してみると

自分がどういう視点で世界を見ているのかが

よくわかります

 

他人のどんな言動に共感しているのかを

冷静に分析してみるのもまた

自分がどういう視点で世界を見ているのかが

よくわかります

 

 

やがて

誰かが自分をそうさせたのではなく

全て自分が選んでそうして来たんだという事にも

本当に

深く深く気付くはずです

 

 

自分の全てに気付いている事

よく観察する事

自分を理解する事です

 

 

今の自分を知る事でようやく

新たな世界への扉を開けるための「鍵」を

手に入れる事が出来ます

 

その後

扉を開けるかどうかは自分次第

 

 

自分で鍵を手に入れ

自分で扉を開ける

 

全ての言動の動機は

自分の心にあり

自分の心にしかありません

 

 

 

誰がやったのか

 

それを追求しようとする言動は

自分の心を知るためのヒントです

 

その言動をするキッカケになった出来事は

自分の心を知るための

大きなレッスンです

 

自分の為に

自分で用意したギフトです