相手は自分

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公園の鳩は丸々としていました。

鳩も寒さに耐えられるように、

季節によって体型が変わるんですね。

 

 

お正月の三が日。

かつての日本の風習はどこへやら、

家族と過ごす時間より、

どこかへ出掛けては買い物三昧な「休日」に様変わりして久しいですね。

 

 

誰もが考える事は同じで、

行く先々で車の列、

人の列、

様々なエネルギーが渦巻き、

本当に息苦しさで溢れていました。

 

そんな状況だから、

渋滞に苛立ち、

割込みに苛立ち、

見る物過多で視野は狭まり、

親が子を見る事もままならず、

或いは抜け落ち、

神経が常にピリピリしていて子を叱りつける怒号も飛び交い、

若干の理性が失われたカオスな状態があちこちに。

 

アイツが割り込んで来るから、

この子が言う事を聞かないから、

相手のせいなのだとの声もチラホラ聞こえるけれど、

 

 

それ、

 

 

違います。

 

 

 

 

全部自分です。

相手は全部自分です。

 

目の前のヒト、モノ、コトは全て自分の鏡。

この三が日は鏡に溢れて「真実」が逆に隠れてしまったのかもしれませんね。

 

 

それを証明するような経験もそのカオスの中でありました。

 

自分の心の持ち方在り方、

視点の置き方捉え方、

これらを変えるだけで世界は変わるんだというような事が。

 

だけど、

今やそんな事にすら気を向けられない世の中になってしまっているんですね。

 

 

やはりここで一度、

昔ながらの風習を見直してみる必要があるかもしれません。

 

 

三が日は

家族と過ごし、友達の家に遊びに行ってはいけない。

賽銭以外のお金を使わない。

年神様をゆったりとお迎えする。

元日は火を使わない、お風呂に入らない。

お節料理を食べる。

 

 

などなど色々。

慎ましく新年を迎える事を、

今一度大切にする時に来たのかもしれません。

 

慎ましく、

言葉も行動も慎ましく丁寧に。

 

自分の言動の乱れは、

心のSOSだと私は思います。

 

 

 

 

三が日の人混み諸々にホトホト疲れ果てて、

帰宅後寝込みました。

だけどそのおかげで、

今年からは自分の身を置く場所をしっかり考えようと思い改めました。